第9回 河口湖(かわぐちこ)駅 

2010/09/01
  • eki_09山梨県南都留郡富士河口湖町・富士急行河口湖線「河口湖(かわぐちこ)」駅 
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  •  富士急行は文字通り富士山に向かって走る鉄道だ。
     深い谷間にある大月駅を出た電車の窓に富士山が見えてくるのは、路線の半分を過ぎた三つ峠駅付近から。始めは家の間にちらっと姿を現した富士山が走るにつれて次第に大きくなり、最後は窓いっぱいになる。それがこの鉄道の魅力だ。
     そんな富士急行も、歴史をたどると中央本線が大月まで開通した明治時代、その大月から富士に向かう登山者を運ぶためにできた馬車鉄道に始まるという。
     余談だが、その馬車鉄道のレールは現在の富士急行線よりもはるかに長く、いくつもの馬車会社が連絡して山梨・静岡の県境を越え、遠く御殿場までつながっていたとか。明治から大正にかけて、富士山麓にはスケールの大きな馬車鉄道のラインがあったのだ。もちろん現在の富士急行の線路は併用軌道の馬車鉄道時代とは異なっているが、最大40‰の急勾配と半径200mの急カーブを繰り返してじりじりと登っていく。
     やがて富士山が迫ってきた富士吉田駅で電車はスイッチバックして方向を変える。これは、かつて御殿場を向いていた線路の名残だという。
     路線はここから河口湖線となり(それまでは大月線)富士山を左に見て走るようになる。
     標高はすでに800mを越え、流れこむ空気も高原の風だ。
     終着の河口湖駅には駅名のような湖の雰囲気はなく、真正面にそびえる富士山の姿に目を奪われる。
     かつてこの河口湖駅は昭和25(1950)年の開業以来の山小屋のような駅舎があった。それも平成18(2006)年に土産物店などが併設する観光駅舎に改築されている。しかし、構内のホーム風景は以前のままで、玄関回りのデザインも旧駅舎の雰囲気をよく残している。
    「8月の夕暮れには山頂に向かう登山者のライトが、一列になって見えますよ」と駅員さんに聞いた。
     富士急行には普通列車のほかに前面展望車両がある「フジサン特急」や平成21(2009)年3月から走り始めた観光列車「富士登山電車」、それにJRからの直通列車もある。河口湖駅ホームには時としてそんな色とりどりの電車が並び、観光路線らしい華やいだ雰囲気になる。
     いよいよ夏を迎え、駅の売店には名産の桃がずらりと並ぶ。
     駅前に出て歩くと、一歩ずつ駅舎の後ろの富士山がせり上がってくる。
     左右対称。富士山が一番格好よく見えるのは、河口湖駅からだと思う。

     
文・写真 杉﨑行恭(すぎざき ゆきやす)
1954年兵庫県尼崎市生まれ。フォトライター。著書『毎日が乗り物酔い』『駅旅のススメ』『駅舎再発見』など多数。