第5回 海芝浦(うみしばうら)駅
2010/09/01- 横浜市鶴見区・JR鶴見線「海芝浦(うみしばうら)」駅
- 鶴見駅の鶴見線ホームは京浜東北線から改札口を通ったところにある。なんとも古びた高架上にある乗り場だが、頭端式ホームは起点駅の風格を見せている。ただし、全体にJRとは別規格のこぢんまりとした感じが「元私鉄」らしさを醸し出している。
京浜工業地帯に路線網を持つJR鶴見線は大正15(1926)年に鶴見臨港鉄道として開業し、昭和18(1943)年に戦時買収で国鉄に編入された歴史を持つ。もとより工場地帯の貨物輸送と労働者の通勤が目的の路線なので旅客設備は万事簡便で、その分線路構成は引き込み線だらけで複雑怪奇。とんでもないところにごつい特殊貨車が停まっていたりもする。臨海部に小宇宙のように存在する鶴見線は鉄道ファンにとって捨てては置けぬ存在なのだ。
晩秋の休日、鶴見駅から浜川崎行きの電車に乗った。当然ながらほとんどの工場は休み。さぞかし空いているだろうと思った3両編成の電車は、空席がわずかという意外な混雑ぶりだった。工場鉄道のイメージが強い鶴見線だが、国道駅や弁天橋駅などは民家が密集する鶴見の下町なのだ。ただし海芝浦支線が分かれる浅野駅からは状況は変わる。この先には2駅しかなく、いずれも工場に面しており住むのは野良猫ぐらいしかいない。
しかも終着の海芝浦駅は、改札外は部外者立ち入り禁止の大工場である。その行き止まり行きの電車に乗り換えた面々は、うれしそうに車窓を堪能するオジサンや時刻表を携えた一人旅、そして互いに写真を撮り合うカップルなど、見事に物好きたちが集まっていた。
浅野駅を出た電車はすぐに京浜運河に沿って進む。無機質な工場街から突然真っ青な海が広がって車内に控えめな歓声があがる。走ること4分で終着の海芝浦駅だ。一斉に電車から出るが、案の定休みの工場に向かう人はいない。ホームの下は波が洗う、クルマ止めの横には工場の玄関も兼ねる改札口、そして防波堤に沿って小公園があるだけだ。つまり、我ら部外者はホームとささやかな公園に滞留するしかないのである。
最初はそれでも構内探検にいそしむが、2〜3分で終わってしまう。以後は波の音を聞き、潮風の香りを感じ、漂うクラゲを眺めて折り返しの発車を待つ。みな適度に距離を保って海芝浦駅を堪能している。
20分後、電車は鶴見に向かって発車した。ちょっとだけ浮世離れした盲腸線、それでも宇宙の果てを見てきたような満足感が車内に漂っていた。
この探検にかかった費用は鶴見駅から往復で300円だった。
文・写真 杉﨑行恭(すぎざき ゆきやす)
1954年兵庫県尼崎市生まれ。フォトライター。著書『毎日が乗り物酔い』『駅旅のススメ』『駅舎再発見』など多数。
1954年兵庫県尼崎市生まれ。フォトライター。著書『毎日が乗り物酔い』『駅旅のススメ』『駅舎再発見』など多数。