第3回 三峰口(みつみねぐち)駅
2010/09/01 電車のモーター音がひときわ大きくなり、線路は左右にカーブを繰り返していく。
荒川に沿って走ってきた秩父鉄道はこの地方の中心地、秩父市街を通り過ぎると、河岸段丘のわずかな平地をたどるように進んでいく。浦山口駅、武州日野駅と山里の駅を通過するごとに風景は険しくなる。やがて奥秩父の山塊が立ちはだかり「もはやこれまで」というところに終着、三峰口駅があった。
とはいえ駅構内は広く、3本のホームと数本の側線があり、そこに懐かしい国電カラーの電車が停まっている。
「秩父鉄道の1000系は元国鉄の101系通勤形電車なので、さいたま市の鉄道博物館開館を記念して一部を国鉄色にリバイバル塗装をしました」と駅員さんに聞いた。
秩父鉄道の電車はすべて国鉄や大手私鉄からの移籍車両なので、まるで一昔前の首都圏の電車が秩父山中に集まっているような印象だ。
昭和5(1930)年の開業当時からの木造駅舎に夏の風が通り抜けてゆく。「ここは標高300メートルぐらいあるけど暑くて」と構内で営業するカキ氷屋さん。次々にやってくるハイカーたちが集札口横の水道の水をペットボトルに注いでいた。「三峰口の駅の水はおいしいんです」という。一口飲んでみると甘く柔らかい高原の水だった。
しばらくすると遠くに汽笛が響いた。駅のまわりに人々が集まってくる。週末や祝日に運転される蒸気機関車列車パレオエクスプレスだ。秩父鉄道では日本で唯一、旧国鉄のC58形蒸気機関車が運転されている。
三峰口駅3番ホームに到着したC58はすぐさま切り離され、軽快に走って側線に入った。人々が見守るなかでテンダにホースから給水が始まる。
「下流の水は石灰分が含まれるので機関車の細かなパイプに石灰が詰まる。だから三峰口の水がいちばんいい」と係員が話す。この駅の名水は蒸気機関車も飲んでいるのだ。
三峰口駅の構内に隣接して、かつて活躍した車両が並ぶ秩父鉄道車両公園がある。今度はその一角に人々が集まった。目の前にある転車台でC58が方向転換するのだ。数メートル先で火の入った本物の蒸気機関車がゆっくりと回転する。
小さな子供たちが息をのんで見つめる。かつてこの地に生息していたという古代獣、パレオパラドキアからとったという列車名がなんとなく納得できた。
約1時間後、パレオエクスプレスが熊谷に向かって走り去ると、駅にふたたび静寂が戻った。
気がつくと周囲の森で、蝉が鳴き始めていた。
1954年兵庫県尼崎市生まれ。フォトライター。著書『毎日が乗り物酔い』『駅旅のススメ』『駅舎再発見』など多数。